小児用受け口矯正装置ムーシールド
下の歯が上の歯より前に出ている受け口(反対咬合)。3歳児検診で4~5%の割合で見つかるが、「しばらく様子を見ましょう」と言われ、放置するケースが多い。しかし自然に治る率は低く、治療が必要だ。いつ、どう治療すればよいのか。子どもと大人に分けて治療法を紹介する。
成人編
「矯正→手術→矯正」3年半保険適用の場合:上下両あご100万円
顎形成 固定不要の手術も
受け口は子供のうちに矯正具を付けても治らなかったり、成長期に悪化したりするケースも見られる。成人の受け口の治療には、どんな方法があるのだろうか。
かみ合わせに悩む都内の30代女性会社員は、大学病院の矯正歯科医を訪ねた。X線撮影などの検査結果を基に、主治医から受けた説明はこうだった。「骨格の異常なので手術が必要。歯列矯正で見た目のかみ合わせだけを整える方法もあるが、歯や歯ぐきに負担がかかり、いずれ悪くなるので薦められない」。会社員は「歯もかみ合わせも長持ちさせたい」と手術を選び「矯正→手術→矯正」の計画に従い、約3年半の治療を受けた。
受け口は「顎顔面変形症」という病気で、かみにくい、発音しにくいといった機能的問題があった会社員の場合、一連の治療は、いずれも健康保険が適用された。上下両あごの手術を含む事故負担は計約100万円。「改善後はしゃべりやすくなった」と話す。
原因は2種類
受け口の原因は大別して2種類ある。一つは、葉のかみ合わせだけが逆の場合で、歯列矯正だけで治る。もう一つが骨格異常で顎形成手術と手術前後の歯科矯正が必要だ。
手術は、矯正歯科医が紹介する大学病院などの口腔外科で受けるケースが多く、年々増えている。例えば、新潟大医歯学総合病院の年間手術症例数は、この10年で2倍以上になった。
全身麻酔で口の中からメスを入れ、下あごの左右両側の根元の部分を一度切り離して後退させ、金属製の板やねじで固定する。上あごの後退が伴う場合には、上あごを前に引き出す手術も同時に行う。板やねじは4ヶ月~1年後、改めて手術ではずす。
歯列矯正は学齢期に施術を受ける患者が多いが、この手術は成長が止まってから受ける。成長期には、下あごなど「長管骨」と呼ばれる骨の両側の細胞が増殖し、成長に伴う変化が大きいからで、成長期に受け口が悪化するのもこのためだ。
千葉県市川市で顎顔面矯正外科の専門特化医院を開く鶴木隆院長=医師兼歯科医師=は昨年、延べ180例を執刀した。
一般的には術後、骨折状態にあるあごを固定するため、上下の歯をワイヤでしばる「顎間固定」をする。口から食事が取れず、会話も不自由で、入院期間は数週間に及ぶことがある。一方、鶴木院長は、チタン製のプレートやネジで骨を協力に接合する新たな手法を開発した。顎間固定は不要で入院期間はわずか5日間だ。
ただ、手術前の矯正で歯の傾斜を正しく整えると、一時的に受け口が強まることがある。手術で解消されるが、治療を中断しようとする患者や家族もあり、「正しい治療の経過であることを理解してほしい」と言う。
正しいかみ合わせは、顔の審美的な高価だけでなく、健康上も欠かせない。鶴木院長は、手術が必要なのに10年近く歯科医による歯列矯正が続けられ、思い余って転院してきた患者の例を挙げ「自分はどういう治療を受けるべきなのか、治療方法や時期については顎顔面矯正外科の専門医に相談してほしい」と話している。
2006年(平成18年)5月26日(金曜日)【望月麻紀】
受け口の治療の経過
幼児編
1年以内に効果、9割改善マウスピースで治療:装着は寝ている間だけ
3歳児検診で4~5%が該当
下の歯が前に出てくると、かみ合わせが悪いため、食べ物をしっかりと噛み砕きにくく、下の歯が長持ちしにくい場合もある。息がもれるため、発音がうまくできなかったりもする。厚生労働相によると、3歳児健診で年間約4万~5万人(4~5%)が該当するという。
大抵は「永久歯が生えるまで様子を見ましょう」と言われるが、自然治癒する割合は1割に満たない。小学上級生以降になって、頭にベルトを巻き、下顎を押さえつける「チンキャップ療法」などが試みられるが、子どもへの負担が大きい。
そこで最近注目されているのが、小児のうちに改善させる「ムーシールド」による治療法。寝ている間、口に特殊なマウスピースを装着する方法だ。
受け口は舌の位置が低く、下あごを前に押し出すように筋肉の圧力が働く。マウスピースの装着で舌の位置を上げ、口の回りの筋肉を正常化することで、上あごの成長を促し、下あごの成長を抑える。日本大学歯学部講師で「調布矯正歯科クリニック」院長、柳澤宗光さんが約20年前に考案した。
対象年齢は3~6歳。装着は寝ている間だけで済む。柳澤さんは毎年20~30人の子どもを治療してきたが、6ヶ月~1年で効果が表れ、約9割で改善が見られるという。3年前に米国で注目されたことから国内でも見直された。
受け口を治す子ども用のマウスピース
痛みなく嫌がらず
東京都武蔵野市の会社員の長女(7)は3歳児健診で受け口と診断されたが、「様子を見ましょう」と言われ、放置してきた。たまたま柳澤さんに診てもらって治療法を知り、5歳から治療を始め1年後には改善したという。母親は「寝ている間、口に装着するだけなので楽だ。痛みもなく、子どもがいやがることもなかった」と話す。
実施施設少なく
ただ、ムーシールド治療を行なっているのは現在、全国約100施設で、日本歯科医師会は治療法を紹介したビデオCDを作り、普及に力を入れている。柳澤さんは「難しい症例もあるので、どの治療法を選ぶかは専門医とよく相談してほしい」とした上で「大人になってからより、幼児のうちに治療した方が楽です」と早めの治療を勧める。
2006年(平成18年)5月25日(木曜日)【小島正美】
治療前の受け口
マウスピースで改善された清浄な歯並び
受け口に関するQ&A
どうして反対咬合になるの?
口には、多くの筋肉が整然と並び、機能しています。舌は、代表的な筋肉の固まりです。きれいな歯並びの人の舌は、嚥下(のみ込む)する時、上顎を押さえつける様に、ぴったりと収まります。しかし、反対咬合の人は、上顎には着きません。嚥下の都度、舌は下顎を前方に押します。従って、上顎は小さく、下顎は大きくなってしまうと考えられています。すなわち、口腔周囲の筋肉が正しく機能しないと、不正咬合になるという事です。
どうやって治すの?
筋機能のアンバランスが、不正咬合を造ります。バランスを整え、調和を取り戻せば、不正咬合は、回復します。反対咬合の原因の一つは、舌が低い位置で機能していることです。ですから、治療目標は、まず、舌を挙上して上げることです。その様に、バランスを取り戻す器具が、機能的顎矯正装置、ムーシールドです。就寝中使用します。取り外し出来る装置ですから、上手く使えなかったり、諸条件によっては、期待する効果を得られないこともあります。主治医に充分相談の上、ムーシールドを使うことを、お勧めします。
一度治したら、もう大丈夫?
ムーシールド治療法は、大抵の場合、およそ1年間を目標に治療します。一度治したら、「もう大丈夫」という人が、大半です。しかし、成長がスパートする頃、再治療を必要とする場合があります。定期健診は重要です。女子は15~16歳。男子は17~18歳まで成長します。その頃まで、定期健診を続けることが理想です。
反対咬合は遺伝する?
反対咬合は、遺伝します。顔形は、ご両親に、似ます。残念ながら、反対咬合の家系があります。しかし、早めに対処することで、かなり改善できると、考えています。いずれにせよ、遺伝の有る無しに関わらず、早めに、受診することを、お勧めします。
反対咬合って、自然に治るでしょう?
永久歯が生える時、自然に治ることがあります。ただし、かなり少数例です。反対になっている下の前歯が、5~6本。逆の噛み合わせが深い。近親に反対咬合の人がいる。これらの場合、自然に治る可能性は、極めて少ないと考えて良いでしょう。
永久歯がはえるまで、様子見を勧められましたけど?
「・・・大丈夫ですか?」というご質問を、よく戴きます。自然に治る場合もあります。しかし、それはかなり少数です。ご相談できる歯医者に診て貰い、セカンドオピニオン(意見)を求める事を、お勧めします。私たちは、大半の方に、早期初期治療が必要と考えています。
反対咬合、治した方が良いの?
不正咬合であるから、成長発育が遅れるという事は、基本的にありません。しかし、サ行、タ行の発音に、特徴的な舌足らずのしゃべり方になる。食べ方が、ワニの様だ。という様な特徴が現れることがあります。しゃべり方にも、食べ方にも問題が現れます。しかし、私たちが、治療を勧める第一の理由は、審美的な理由です。反対咬合特有の顔貌に、劣等感を感じることがあります。心の負担を軽くし、生活の質の向上が目標です。
早く治した方が良いの?
噛み合わせを、逆のままにしておくと、下顎骨が過成長し易い状態が続きます。下顎骨が取り返しの付かない程、大きくなってしまう前に、逆の噛み合わせは、治しておくべきです。早ければ早い程、ご本人の負担は軽くて済むと思います。年齢が高くなると、治療法の選択肢が狭くなります。過成長し、大きくなってしまった「下顎骨を切断して縮める」という手術法も、選択肢に上がってきます。